ねじまき鳥クロニクル 読了

いやー3部構成なんて長編小説を読んだのは始めてかもしれない。約3週間と、期間は結構かかったように思うけど、読み始めたら一気に読んじゃう感じだった。なかなか面白いと感じた。あらすじなんてものは、あるような無いような…あったとしても一言。「僕」が「クミコ」を取り戻す物語。それだけな気がする。んで、その過程に様々な人物が登場し、「僕」から少しずつ何かを奪っていく。奪っていくというほど直接的ではなく、気が付けば、少しずつ何かを失っていったような気になる。登場人物や不思議な出来事やいくつもの謎は全て、「僕」の闇を表すメタファーとして存在したようにも思うが、はっきり言ってよく分からない。「クミコ」を取り戻したかどうかだけに目を向ければ、ハッピーエンドなのかもしれないが、そこは非常に微妙なところだ。だいたい、物語の終わりを、ハッピーエンドとバッドエンドの二極論で語る方がナンセンスなのかもしれない。
海辺のカフカでは、田村カフカの成長物語であり、伏線も全て集束していったような気がするけど、ねじまき鳥クロニクルはそこまで単純ではなかったように思う(海辺のカフカも単純な物語ではないが;)。
村上春樹の本は、上述した2冊しか読んでいないので何とも言えないが、この2つの物語はどこか似ている所があるように思った。それが何なのかを理解し語れるような才能も、感性も、語彙も持ち合わせていない自分が非常に可哀想だ(「きみはなんてつまらない人生を送っているんだ」)。小さい頃から本を多く読んでいれば、少なくとも今よりは感性に磨きがかかっていただろうが、今更だ。教師や親に本を読めなんて言われてたけど、23歳にしてようやく気が付いたよ。本を読むべきだったと。しかしだ、本を読んでいたとすれば、今自分の中にある「何か」を得る事が出来なかったかもしれない。僕は、本を読む時間を別の事に費やし別の「何か」をおそらく得たはずだ。物事は一面的ではなく多面的だ。本を読むという行為は、非常に多くの「何か」を得る機会を与えてくれるが、別の「何か」を得る機会を失う事にも繋がるはずだ。それを無視し、本を読む事を強要することは間違いだ。
なんにしても面白いと思える作品でした。さて、自分も時が熟すのを「待つ」ことにしよう。