mixi論

mixi殺人事件」が起こるXデーはいつ?(ケータイAlternative)
http://mita.cocolog-nifty.com/mita/2005/08/mixi_b9ba.html

ところが、(以前より減ったとは言え)mixiでは、ソーシャルネットワーキングサイトの「流儀」として、女性でも実名や個人情報をかなり抵抗なく公開しています。
実のところ、SNSにおける「実名主義」というのは、極めて脆弱な「信頼関係」だけで支えられているシステムに過ぎません。やろうと思えば、匿名メールアドレスを作って、架空の人格でmixiに参加することも簡単ですし、事実、2ちゃんねるなどの匿名掲示板からmixiに誘ってもらって入った人のプロフィールをmixiで見ると、その周囲のマイミクシィも、見事なまでに2ちゃんねるとさほど変わりのない、匿名志向の強い人間だったりします。
僕の知っているさる女性が、「mixiって周囲も実名だし、だから何となく安心できる」と言っているのを聞いたからです。
実のところそれは、よく考えてみれば、単なる「集団心理」に過ぎないのじゃないかと思います。
人は往々にして、見ず知らずの場所にはじめてやってくると、周囲の人と同じ行動をとろうとするものです。SNSとは、そうした行動原理の結果として、今のところどうにか実名のカルチャーを維持しているのでしょう。
そして、セキュリティの観点から言うと、こうした「実は危険な場所なのに、皆が安心だと思っている場所」というのは、2ちゃんやケータイ出会い系サイト以上に、実際のリスクはもっとも高い場所になるだろうと思われます。
恐らくmixiでは、いずれかなりの確率で、傷害や殺人・窃盗事件などの犯罪が発生することになるのではないかとと危惧します。
とにかくユーザー数も100万人を超えたいま、ゆめゆめ、mixiが安心できる場所だとは考えないことが肝要だと思います。

もう1個。
mixiという幻想の共和国、そこは内ではなく外である(ガ島通信)
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20051223/1135272932

「招待制」というシステムだからか、まだ、十分にマナーが確立していないインターネットという荒野の「内側」にいるような安心感があるのですが、冷静に考えれば「外」なわけです。招待制、インターフェイス、雰囲気…、いろいろなことが重なり「外」を忘れさせる装置となっているのでしょう。

その通りだと思う。ネットが流行りだした頃(2000年くらい)からインターネットを利用している自分にとっては、参加している多くの人が実名まで晒しているのは異様の一言。自分はせいぜいイニシャルにするのが限界。この安心感ていうのは、紹介制、マイミクはほとんど身近な友達という点が作り上げてると思う。で、その作られた閉塞感に加え、mixiによって旧友に会えた、または会えるという楽しみに依るものが大きいのでは。

iNTERNET magazine 2006年1月号 make innovation with technology ! [雑誌]」には「科学で読み解くmixiのネットワーク構造」というレポートが掲載されていて、mixiの構造を分析していますが、マイミクを6つたどればユーザー全体の96%に到達できる小さい世界であるとのことです(ちなみにマイミクの平均は20人で、4人以下のユーザーが40%いる)。

全く知らない人をたった6個マイミクたどればたどり着けるというのは、実は驚異だ。そこには、だいたいの住所と、ほぼ実名がのってるわけで、さらに学校等のコミュニティに参加していれば、全く知らない人でも容易に人物を特定することが可能なのだ。
また参加者は、必ずしもある人物に信頼された友人として紹介されたとは限らない。2chではmixi紹介スレッドなどもあるし、エイベックス松浦社長ののまねこ問題のときや、最近は探偵ファイル問題などでmixiが注目されれば、その都度紹介スレッドなどが賑わうのだ。
利用者が増えるほど、mixiは閉塞的な安心できる場所という考えは捨てた方が良いだろう。