センター試験黙示録(ネオソク)

http://blog.livedoor.jp/insidears2/archives/50337218.html

こうして受験生たちの長い夜・・・・・・
狂気と策略交差する2日間が終わった
試験会場に乗り込んだ受験生103名のうち36名が試験及び
その後の裏口でも合格に至らず消えた・・・・
彼らの人間としての人生は閉じた
ここから先は悲惨の一語

受験生の皆様、お疲れ様でございました。自分が受験の時にリスニング試験なくて良かったな〜と微笑ましく毎日のニュースを見ておりました。まぁ、あったところで国立狙ってたわけでもないし、当時の薬学系大学はほとんどセンター受験なかったから、センター試験自体は滑り止め用の大学にしか使えなかったわけで、更に言うと、現役の時は薬学系の大学しか受けてないから何の為に受けたのかも思い出せない…。ん〜センターで願書出した大学合ったのかな〜。
浪人の時は、東洋の情報科学と日大の化学系のどっかが受かって、もちろん行く気なんか全くなかったわけで、この辺行くくらいならもう一年浪人してやる!!!くらいの勢いで薬学系の大学(東京薬科、明治薬科、共立薬科、北海道薬科)を受けた気がします。北海道薬科は受かったかな〜と思ったんだけど、残念ながら不合格。なんてゆか、試験会場に向かうのに何故か願書に同封されている試験要項や地図を持って行かず、北海道薬科なので高田馬場の早稲田予備校?とかなんとか言う所で受験だったため、もちろん見つからず、人の流れに乗っていけば会場に着くっていう自信をもろくも崩れ落ち去られてました。えぇ、お気付きかもしれませんが、人の流れに乗っていったら全く反対方向の早稲田大学に到着しました。結局高田馬場の駅員さんに聞いたらあっさり到着致しました。その節はお世話になりました。ビバ西武線。
そんなこんなで、結局薬学部に行きたいな〜なんて希望は、お前みたいに勉強しないヤツはいらないんだよって言われて叶いませんでした。仕方ないから、その当時化学と数学の2教科受験で受けられた北里大学化学科へ入学しました(2006年受験からまた2教科だ)。英語は嫌いです。北里大学では、英語のクラス分けテストを当時行っておりました。はっきり言って、その内容は自分でも簡単だな〜て思う程度のレベル。もちろん、わざと間違えて一番下のクラスになっておきました。友人も、そうすれば良かった〜て言ってた。こんな所はずる賢い。そんな最低クラスの授業レベルもかなり低くて、テスト前日に全く勉強してないのに寝ちゃって、やべーやべーって三陸(岩手)とか十和田キャンパス(青森)の友人にもメールを送ってましたが、登校中の電車&バスでテキスト見るくらいで8割取れちゃうくらいな最低っぷりでした。この学校のダメダメなところは堅すぎるところ。勉強第一って校風。学祭の規模の小ささ。あー化学の勉強はなんか難しかった(もちろん、勉強はあんまりしてないけど)。今の理学療法の勉強なんて、ほとんど覚えるだけで良いけど、まず意味が分かんなかったからね。そんなわけで、一年で辞めて、そのまま今の学校に受かってみたわけですよ。PTの学校が人気あるとか、そんなことも全く知らないで受けたから、専門なんて受かって当たり前っていうか落ちたら恥ずかしいとか思って試験会場行ったら3期受験なのに受験者数多いし。みんな教科書とか開いて勉強してんの。思わず友達に、みんな勉強してるよってメール送っちゃいましたよ。数学も英語も国語も簡単でした(客観的に見ても簡単だろ)。当時あった小論文も30分くらいで、見直しもせず出て行ったりしてみた。たしか試験管みわだった気がするんだよね。面接はとくちゃん。あの笑顔が怖かった…。面接は現役生は学生服だけど、私服の人が居なかったのに驚いた。ばりばり私服で、しかも髪赤かったのに何で受かったんだろ。自分試験管だったら落とすぞ。そそ、もちろん専門を受験する時も地図とか全く持たないで行ったんだけど、目の前に試験要項みたいな冊子を持ってるヤツが居て、こいつの後をついて行けば着くだろって行ったら、アーケードの方に行ってコンビニ(だったと思うんだけど今あったっけ?)寄るから、じゃあ自分も飲み物だか食べ物だか買うかって感じで寄ったら見失った。んでも、適当に歩いてたら着いたよ。

やべーなげー。結局何が言いたいかって、地図は持ってけってことです。センター失敗したって、まだ先があるさ。こんなに適当な学生生活を送ってきたけど、なんとかなるもんだ。あー学生生活もあと二ヶ月かー。